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広島高等裁判所 昭和23年(ネ)108号 判決

控訴人

森井孫市

被控訴人

広島県農地委員会

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴の趣旨

原判決を取消す被控訴人が原判決末尾添付の目録記載の農地につき昭和二十二年九月二十九日した裁決を取消す。神村農地委員会が同年八月十二日右農地につきした買収計画を取消す。訴訟費用は被控訴人の負担とする。

事実

当事者双方の陳述した事実関係は被控訴代理人において本案前の抗弁はこれを主張しないと陳述した処原判決摘示の事実と同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)

理由

神村農地委員会が昭和二十二年八月十二日原判決末尾添付の目録記載の農地を神村以外に住所を有する控訴人所有の小作地と認め自作農創設特別措置法(以下自農法と略称する)第三条により買収計画をたて控訴人がこれに対し異議の申立をし更に訴願をしたこと、被控訴人が同年九月二十九日控訴人の訴願を容れない旨の裁決をしたことは当事者間に争がない。

第一  控訴人は自農法は憲法第二十九条に反する法律であるから憲法第九十八条第一項の規定により効力を有しない。従つて同法律によりてたてた買収計画は違法であると主張するからこの点についてまず判断する。

(一)自農法による農地の買収が憲法第二十九条第三項に所謂私有財産を公共のために用いるものに該るか否かは同法による農地の強制買収が終局において国家もしくは社会に利益をもたらすものであるか否かにより決すべきものであつて自作農の創設がたとえ直接には特定の一部国民に利益を与えるものであつても之がひいて国民全体への利益をもたらすものであるならば同法による農地の買収が私有財産を公共のために用いるものに該当するものであつて恣に農地所有者の財産権を侵害するものとはいい得ない。この見地から当裁判所は自農法による農地の買収は憲法第二十九条第三項に所謂公共のために用いることに該当するものであると認めるものであつてその理由は原判決第一の(一)の摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。次に、

(二)買収の対価が憲法第二十九条第三項に所謂正当な補償であるか否かは単に農地所有権の交換価値のみにより決すべきものではなくて農地改革の目的国及農地の売渡を受くる農民の経済上の状態我国現下の国際的地位公法上の損失補償制度の精神農地所有権の持つ財産的価値等諸般の事情を考慮し農地の自作収益価格を参酌して決すべきものである。この見解の下に当裁判所は自農法等による買収の対価は所謂正当な補償であると認めるものであつてその理由は原判決理由第一の(二)の摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。

以上の理由により自農法は憲法第二十九条に反する法律であるということは出来ぬからこの点に関する控訴人の主張は失当である。

第二  控訴人は原判決末尾添付の第一目録記載の農地は控訴人が家督相続人より先代亡岩松からその所有権を承継取得した上昭和八年十二月これを実母トキに贈与したもので控訴人の所有農地でないと主張するけれども未だトキに対する所有権移転登記が完了していないことは控訴人の認めるところであるから登記の欠缺を主張する正当の利益を有する被控訴人に対しトキの所有に属することをもつて対抗することができない筋合であるからこの点に関する控訴人の主張も失当である。

第三  控訴人の主張事実中原判決事実摘示(三)及び(四)の主張に対する当裁判所の判断は原判決理由第二の(二)及び(三)の摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。

第四  神村農地委員会が小作人より買収請求のない農地についてまで自農法附則第二項同法施行令第四十三条により買収計画をたてたのは違法であるとの主張につき按ずるに本件農地の中原判決末尾添付の第一目録記載の農地の所有者が被控訴人との関係において控訴人であること控訴人の主張するところであつて控訴人の主張によれば字東竹五千三百五十五番地田五畝歩の外二筆以外の土地は控訴人の実母トキ及び森井勇等がこれを使用収益しているというのであるからこの部分については神村農地委員会は自農法第三条第五項第二号に該当するものとして買収計画をたてるのが相当であつて従つて自農法附則第二項等の規定は全然適用の余地のなかつたものといいうる。従つて神村農地委員会が本件農地全部について右附則第二項等により買収計画をたてた手続には違法があり被控訴人はその点を是正して裁決すべきであつたに拘らずその点を判明させないで裁決したことは違法たるを免れない。然しながら行政事件特例法第十一条によれば原告の請求が正当であつても公共の福祉のために行政処分を取消すことが相当でないときは原告の請求を棄却し得る旨を規定しており本件の如きは正に之に該当するものと解するを相当とするから結局この点に関する控訴人の主張は本訴請求を維持するに足らぬ。

第五  自農法第六条の二に関する控訴人の主張につき按ずるに自農法改正前の附則第二項の規定による農地買収計画に関してされた手続は改正法第六条の二の規定によりされた手続とみなされるものであるところ(イ)控訴人主張の三筆の農地の賃貸借が合意解除された事実なく広島県農地委員会がその解除を適法且つ正当であると認めた事実はこれを認めることが出来ぬ(ロ)従つて右三筆の農地の従前小作人である小川源一外二人が該農地の所有権を取得しようとして買収請求をしたものとしてもこの一事をもつてその請求が信義に反するものであるとは断定できないし尚ほ神村農地委員会において信義に反する請求であると認めた証拠は何もないから自農法第六条の二第二項第一号第二号に関する控訴人の主張は失当である次に(ハ)控訴人は該農地の所有者であることは前認定の通りであるが控訴人が昭和二十年十一月二十三日以後において該農地に就き耕作の業務を営んでいないことは弁論の全趣旨により明かであるから同法第二項第四号に関する控訴人の主張も採用の限りでない。

以上の理由によつて爾余の争点について判断するまでもなく控訴人の主張はいずれも失当であるから本訴請求は理由ないものとして棄却すべきものと認める。

よつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し訴訟費用について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し主文の如く判決する。

(小山 和田 石田)

(目録省略)

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